自分で選ぶこととおすすめを受け入れること

お料理Diary

自分好みのものを選択し、セッティングをすることが昔から好きだった。インテリアや身の回りの製品といった物理的なものについて、デザインや機能など条件に合うものを選ぶのが好きだ。車も3年ほど前まではMT車だった。

パソコンやスマホなどの仮想空間についても同様で、アプリやソフトウェアなどは設定がオートではなくマニュアル設定できる項目が多いものが好きだった。選択肢の多いものが好きだった。

が、ここ数年、選択することがしんどくなってきた。

例えば、インターネットで提供されるサービス。ネットニュースや動画は見たいものを自分で選ぶ。SNSを利用する時にはプロフィールやアイコンを設定する。メッセージのやりとりをする時には絵文字・顔文字を選択する。

インターネットコンテンツに限らず、保険の加入や携帯スマホの契約、宅配の手配などネットを通して利用するものについても、おまかせする担当者というものはないので、自分で一つ一つの項目について選択しなければいけない。

何もかもが選択の連続のように思えて、もともと選択し続けてきた「自分で設定する」ということ自体がしんどくなってきた。

ところで、最近スマホの日本語入力アプリ Shimeji を使ってみたら、変換や絵文字などの選択がとても楽なことが分かった。予測変換などを含むアプリ側からの「おすすめ」みたいなものをこれまで避けてきたけど、それが存外便利だった。

「この機能は欲しい」「使い慣れたデザインがいい」などのこだわりは捨てて、使うものに自分を合わせていく方が後々楽かもしれないと思った。

選択がしんどくなったと思う時は、自分で選択する部分と何かにまかせる部分、その配分を考え直す頃なのかもしれない。

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